DX(デジタルトランスフォーメーション)は、間接部門を消滅させるのか?(後編)

「DX(Digital Transformation|デジタルトランスフォーメーション)」の意味や定義から、間接部門はDXの台頭をどう捉えるべきか?と言った考察までを説明した前編に続き、今回は後編として、「DXによって間接部門はいらない仕事になってしまうのか?」という疑問への解を探っていきたいと思います。


さらに歴史を遡る

「湖に浮かべたボートを漕ぐように、人は後ろ向きに未来へ入っていく」

フランスの詩人ポール・ヴァレリーの言葉です。今を生きるために、過去を知ることの大切さを説いています。

前編では、AIやDXの進化に伴い、将来的に間接部門の仕事がなくなるという懸念について、過去のロボットやERPについての同じような出来事を振り返り、言われていたほどのショッキングな事態には陥いらなかった事実を紹介しました。今回はもう少し歴史を遡ってみましょう。

2019年にノーベル経済学賞を受賞したアビジット・V・バナジーとエステル・デュフロの共著『絶望を希望に変える経済学』(日本経済新聞出版、2020)から紹介します。

本書は、フェイクニュースや自分にとって都合の良い情報にだけ触れることにみられる悪夢と妄想がはびこる時代に、移民、貿易、経済成長、格差問題などを題材に、事実や現実の重要性を説いているのですが、その中でAIについて書かれた箇所があります。

例にあげているのは過去の自動化の大波についてです。産業革命の頃、自動紡績機、蒸気機関、電気は、今日まさに懸念されているAIのように、多くの仕事を自動化し、人間の手を不要にしました。

多くの産業で労働者が機械に取って代わられ、労働者は不要になったのです。とりわけ打撃を受けたのが、繊維産業の熟練職人です。19世紀初め、彼らは生計を台無しにした機械化に抗議するため、機械を叩き壊しました。これが「ラッダイト運動」です。

ラッダイトという言葉は、今日では進歩を頭から否定する頑固者を指し、技術が失業を生むという懸念を否定する目的で引用されることが多いです。ひとつの結論として、仕事はなくならなかったし、賃金も生活水準も大幅に改善された、いわく、ラッダイト運動家たちは間違っていたといわれます。しかし産業革命の中で実際に熟練職人の仕事は消え、英国のブルーカラーの賃金はずっと右肩下がりで1755~1802年に半減しています。1755年の水準を回復したのは1820年で、65年を要しました。             

総括すれば、一部の労働者は失業しましたが、技術の進歩により長期的には新しいモノや、サービスの需要を生み出し、雇用を創出・拡大できました。しかし、その「長期」は本当に長かったのです。

このように産業革命の時は落ち込みから65年を要した雇用や所得の回復ですが、一方で、前回紹介したロボットやERPの登場の時には一気にすべてが変わるような大波にのまれることは起こらず、ゆっくり進む大きな変化の波をうまく乗り越えてきたと言えるのかも知れません。

今後AIやDXの影響はどこまで及ぶのか?

それではこうした歴史も参考にすると、今後AIやDXの影響はどれほどのものなのでしょうか。正解を予想することは不可能ですが、間接部門の分野でみると確かに定型化された業務の一部はAIに置き換えられるでしょう。

たとえば月末の経費清算。自分のひと月の稼働時間を申請し、交通費などの立て替え経費を請求するといった事務はどこの会社でもあると思います。これをロボティック・プロセス・オートメーション(RPA)という技術を使い。月末にスケジューラーやスマホのGPSデータ、電子マネーの利用記録などをもとにAIが一瞬で処理してくれるというようなことは今でも実現可能です。

とはいっても、すべてがすぐに置き換わるわけではなく、確かに影響はまだまだ限られているという見方はあります。

しかし、今回のコロナ禍で、我が国はこれまでの中途半端なデジタル化への反省を踏まえ、社会全体でデジタル化を早期に推進する方針です。デジタル化のスピードは思った以上に早いのかもしれません。

同時に「そんなにうまく、仕事の移行ができるのか?」という疑問や不安が湧いてきます。

絶望を希望に変える経済学』では、今回のAIと自動化の波では、いったん減少した労働需要がいずれ再び盛り返すとは限らないと述べられています。利益を上げた部門は労働者を増やさずに、更に省力化技術に投資するかもしれませんし、利益はどこかの外国製品の購入に充てられるかもしれないからです。

続けて著者は今回の自動化の大波は、経理担当者のようなある種のスキルを要する仕事を駆逐する一方で、現時点で機械への置き換えが難しい高度なスキルを要する仕事(ソフトウェアのプログラミングなど)や全くスキルを要しない仕事(犬の散歩など)の需要を増やすなど仕事の偏りが発生することは間違いないと言います。当然両者の賃金格差は大きく、一握りの人間が高い報酬をもらい、残り全員はとくにスキルを必要としない仕事に追いやられ、賃金も労働条件も悪化すると予想しています。

目的と手段を取り違えない

繰り返しになりますが、現時点でAIやDXの未来を正確に予想することは不可能です。経済産業省のレポートではDXに対し、経営層、事業部門、IT部門でDXが自社のビジネスにどう役立つか、どう進めるか等の共通理解をした上で、協働してビジネス変革に向けたコンセプトを描くことが必要と述べられています。確かにその通りなのでしょうが、その前に忘れてならないことがあります。

逆・タイムマシン経営論』では、手段と目的の取り違えを指摘します。例えばDX推進担当者にとってはDX推進が必達の目標になってしまいがちですが、あくまでもDXは手段に過ぎないことを強調しています。

「DXは長期利益のための競争優位を構築する手段の一つ、戦略を構成する要素の一つに過ぎない。(中略)DX抜きに儲かる商売であれば、DXを推進する必要はない」と断じています。手段がいつのまにか目的化してしまわないように「「目的→手段」の筋を通す。そこに経営の一義的な役割と責任があります。」と唱えています。メディアや時代のムードに踊らされて、はじめから「AIありき」「DXありき」で事を進めることには慎重であるべきです。

おわりに

さて、改めて今回のコラムのテーマは、「DXによって間接部門はいらない仕事になってしまうのか?」でした。答えはNoです。

企業の目的が「生産性を上げ、利益を増やして、企業価値を向上させる」ことにあるとすれば、効率化、合理化を図るための手段としてAIを用いた技術やサービスの導入の検討は必要です。しかし早急なAI化だけがその解ではないということです。

例えば、弊社の提供する「経理業務支援サービス」のように業務の全部あるいは一部を外部の専門家へアウトソースする方が、ヒトやコスト、企業の規模などの点で適している企業もあるはずです。もちろん「DX+アウトソーシング」もありえます。

そしてDXやアウトソースで捻出した時間を、例えば「働きやすい職場を作るための制度設計」や「資金調達コストの軽減策」等々、間接部門の担当者だからこそできる「コア業務」に当てることができれば、企業とその企業の間接部門で働く人の双方にプラス効果をもたらすことになるでしょう。

自社の事業の価値を高めるための手段として、果たしてどのような手段が最もふさわしいのか慎重に考えられてはいかがでしょうか。

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